犬との旅行を楽しむために 〜家庭犬しつけインストラクターからのアドバイス〜
「え、犬って旅行に一緒に連れて行けるの?」そう思われる方も多いのではないでしょうか。私が子供の頃は、盲導犬など特別な仕事をする犬以外は、旅先で犬を連れている人を見かけることはありませんでした。実は、犬を同伴して旅行を楽しむということは、日本で古くから根付いていたわけではありませんでした。
1980年代後半から、首都圏では犬と一緒に暮らす家庭が急速に増えました。テレビのコマーシャルや漫画に登場した犬種や、有名人のペットとして紹介されて注目された犬種は流行犬種になり、シベリアン・ハスキー、ヨークシャー・テリア、ウェルシュ・コーギー、ラブラドール・レトリバー、チワワ、トイ・プードルといった犬種をよく見かけるようになりました。ペット共生型マンションが増え、大型犬とも室内で一緒に生活できる環境が整ってきたことも、ペットブームに拍車をかけました。
「家で一緒に過ごしたり、家の近所を散歩したりするだけでも楽しいのだから、特別な場所に犬と出かけたらもっと楽しいのではないだろうか」と思う人々の需要に応えて、犬を同伴して訪れることができるレストラン、カフェ、犬用品を販売する店舗などが増えていきました。そして、ついに、犬同伴で宿泊できる施設まで登場したのです。
私自身も、この流行に乗って、犬とのお出かけを楽しんできた一人でした。90年代には、実家のトイ・プードルを連れて東京から数時間の観光地をよく訪れました。その頃は、犬を同伴できる宿に宿泊しても、他の犬同伴宿泊客に遭遇することはまだまだ少なく、犬連れの旅行者は珍しがられたものでした。その後、2000年代には私はウェルシュ・コーギーと暮らしていましたが、この犬との初めての旅行先は富士五湖でした。宿泊したペンションには、他県から泊まりに来ていた家族がいて、犬同士の交流や、犬の話で盛り上がるのがとても楽しかった思い出があります。この頃には、他の犬連れの旅行者を見かけることも多くなっていました。犬と一緒に旅行する人が増えたのは、つい20年ほどの話なのです。
世界中で猛威を振るった新型コロナウィルス感染症のため、一時期は遠出を諦めざるを得ない生活になりましたが、その間にペットを迎えた方も多いと思います。コロナが終息し、これから犬と一緒に旅行を楽しみたいと思っている方もいらっしゃるかもしれません。今回のコラムは、そのような方々にご参考になれば幸いです。
犬と一緒に旅行に出かけられる文化が少しずつ根付いてきていることは上記の通りですが、いくら人間の方がワクワクしながら「旅行に行くよ、楽しみだね!」と犬に話しかけたとしても、犬は理解できません。普段、家の近所の散歩ぐらいしか出かけることがない犬が、賑やかな観光地に行くことになったり、他の人や犬が苦手なのに、宿泊先で知らない人や初めて会う犬と顔を合わせることになったりすれば、少なからず不安に感じるはずです。
それでは、犬との旅行を楽しむためのポイントはなんでしょうか。まずは、旅行の計画を立てること、そして犬の性格に配慮し、必要なしつけを行うことです。
旅行の計画というのは、行き先、宿泊先、日程、移動手段、何をするかを決めることですが、犬との旅行は事前に計画を立てることが大事です。「備えあれば憂いなし」です。
行き先はどこでしょうか?遠出をする前に、まずは近場の日帰り旅ができると良い練習になると思います。観光地に出かける場合は、散歩できる公園が見つけられると犬も少し気分転換ができます。
泊まりがけの旅行の場合、宿泊先はペンションでしょうか、ホテルでしょうか、またはキャンプでしょうか?宿泊先の施設によっては、犬用のサークルやトイレシーツなども準備されていることがあります。犬同伴で宿泊する客室にどのような設備があるのかが分かれば、持ち物も最低限で済ませられそうです。
日程は、できればあまり混み合わない時期、天候が安定している時期が選べるとベストです。
移動手段はなんでしょうか?それによってメリット・デメリットもあります。車で出かける場合は、クレート(移動の際や、安全のために犬を中に入れておくプラスチック製のハウス)のような犬のための道具を持ち運ぶことが楽になります。ドライブ中も犬の様子を見ながら、必要に応じて休憩を挟むこともできます。また、電車ではアクセスがしにくい場所でも行けるといった利点もあります。一方で、電車の場合は、到着時間の予測がつくため、観光などの計画が立てやすいといえます。旅先で駐車場を見つけなればいけない心配は不要になり、また不慣れな土地を運転する不安を抱えずにすみます。
犬の安全対策も移動手段に応じて変わるかもしれません。ドライブ中は安全のために犬はクレートに入れて移動しましょう。また電車など公共の交通機関での移動はそれぞれの交通機関のルールに従ってキャリーバッグやクレートで移動することになります。万が一迷子になったときのために、首輪に迷子札を付けたり、マイクロチップを装着し、番号を控えておきましょう。
旅の目的地や日程が決まったなら、犬を同伴して食事ができる場所、犬も一緒に訪れることができる公園、ビーチ、そのほかの観光地なども事前に調べておくと安心です。緊急時の動物病院を調べておくこともお忘れなく。
犬の性格に配慮し、必要なしつけを行うということも、犬との旅行が成功する秘訣といえます。旅行に同伴することは犬にとってストレスになっていないでしょうか?また他人に迷惑はかかっていないでしょうか?
先にお話しした通り、「旅行に行くよ」と言われても、犬は理解できません。いつか犬と一緒に旅行に出かけようと思うのであれば、いつもと環境が異なる場所に出かけても不安に感じすぎないように、日頃から社会化のトレーニングをしておくことが大切になります。
社会化のトレーニングとは、犬の身の回りの環境刺激に慣らすトレーニングのことです。環境刺激の変化が苦手な犬を旅行に連れて行くと、慣れないあまり宿泊先のホテルで外の物音にひどく吠えたり、他の人や犬を見て不安がったりするかもしれません。普段のお散歩以外あまりでお出かけをしたことがない犬の場合は、まずは旅先でも出会いそうな刺激に慣れる機会を少しずつ作って、その刺激に出会うと嬉しい、楽しい、美味しい、怖くない、といった印象になるように積み重ねておきましょう。
クレートで待機できるトレーニングもしておくと安心です。犬同伴で宿泊できる施設の中には、食事をする場所には犬を同伴できないこともあります。部屋で待たせる場合には、知らない場所でひとりぼっちになっている状態より、クレートの中で寝ている間に飼い主が帰ってきたという方が不安は少ないはずです。また乗り物移動の安全のためにもクレートは活躍します。
トイレのしつけができていないまま宿泊施設に泊まると、部屋で粗相をしてしまうかもしれません。いつもと環境の違う場所で過ごす場合は、いつもより頻繁にトイレに誘導することで失敗を防ぐことができます。目を離されなければならない場合には、クレートで待機してもらい、また部屋で自由に探検させる前にトイレに誘導するのがお勧めです。
乗り物酔いしてしまう犬は、移動前に食べすぎないことや、休憩をこまめに挟むといった工夫も必要です。
旅行中に慣れないおやつをたくさんあげてしまうことも要注意です。食べ慣れないものを食べてお腹を壊してしまっては、人も犬も楽しむどころではなくなってしまいます。
犬と一緒に旅も楽しみたいという方には、上記のようなしつけや社会化も含めて楽しんで頂けたらと思います。旅行に出かけることはもちろん楽しいイベントではあるのですが、それに至る過程もまた楽しい旅のうち。宿泊施設でひどく吠えてしまう犬や、訪れた先の店内や宿泊先で他犬の匂いが気になってあちこちにマーキングしてしまうような犬が増えると、犬も楽しめないばかりか、飼い主も楽しめず、周りの人からも迷惑がられてしまい、場合によってはマナーの悪さから今は犬同伴で出かけられる場所も、犬同伴禁止となってしまうこともあるのです。そればかりは防ぎたいものです。
犬との旅行の醍醐味は、家族として生活している犬と旅先でも楽しい時間を共有できることです。旅先の美しい風景を犬と一緒に眺め、いつもと違う街並みを犬と一緒に歩けるのは、格別です。また、犬が一緒にいなければ話す機会がなかったかも知れない旅先での人との交流も後々、ほっこりするような思い出として残るものです。色々な体験を共有して行くことで、さらに犬との絆も深まることでしょう。みなさんの旅も、犬も人も楽しめるような思い出深い旅になることを応援しております!
Can ! Do ! Pet Dog Schoolインストラクター
CPDT―KSA
川原志津香