愛犬と災害に備える
(その2:ソフト面の備え)
万が一災害に見舞われた場合、どのようなものが必要になるでしょうか。
「愛犬と災害に備える (その1:ハード面の備え)」では、災害に見舞われた際に、犬のために備えておくと良いものについてお話ししました。今回のコラムでは、目に見えないもの、形のないもの、すなわち「ソフト面の備え」について考えてみたいと思います。
目に見えない「ソフト面の備え」とは、「気持ちの備え」、「心の備え」と言い換えると分かりやすいかもしれません。こういうことが起きたときには、こういう行動をする、ということを予め情報収集して理解しておいたり、避難訓練のように実際の行動を練習しておいたりすることで、いざというときに焦らずに対応できるようになります。
災害は人にも犬にも大きな心理的負担を与えます。人も強いストレスから体調を崩すことがありますが、犬も被災後に体調を崩してしまうことがあります。台風の激しい風雨、地震の揺れ、停電、断水、自宅以外の場所への避難、飼い主と離れた場所に置かれたケージでの待機、家族以外の人や知らない犬がいる場所での生活。日常生活とかけ離れた状況を犬はストレスに感じることでしょう。大きな地震が起きて怖い体験をしたことがトラウマになり、大きな物音や独りぼっちになることが苦手になってしまうケースもあります。「災害だから仕方がない、我慢してね」、「普段通りの生活に戻るまで頑張ろうね」、といった励ましも言葉が通じない犬たちを納得させることはできません。

では、どうすれば良いでしょうか。飼い主が不安そうに行動していると、犬にもそれが伝わります。まずは、飼い主が落ち着いて行動できるようにすることです。災害が起きたときに、家族でどのように連絡を取り合うか、犬の面倒を誰が見るか、避難生活を送る場所は自宅なのか、避難所なのか、知人宅なのか、またどのようにして犬と一緒にその場所に移動するか、そういったことを事前に家族内で相談しておきましょう。これにより犬と共に被災した場合にどうしたら良いか頭の整理ができます。自宅で被災した場合を想定して、地域で指定された避難所に犬も同伴できるかどうかも事前に情報収集しておくと良いでしょう。もしお住まいの地域で犬同伴の避難訓練を実施している場合には、是非参加してみてください。災害のことを考えるのは気持ちが沈むので後回しにしているという方も、いざというときに犬と一緒に落ち着いて行動ができるように、少しずつ準備をしてみることをお勧めします。

心の備えは、人間だけではなく犬も一緒にできることがあります。それは日頃から、社会化や基本的なしつけを行っておくことです。
社会化という言葉をご存知でしょうか。犬の社会化とは、犬が生活する中で出会う刺激に、怖がりすぎたり興奮しすぎたり、過剰に反応してしまわないように慣らすことを意味します。自宅以外の場所に避難したら、家族以外の人や犬を怖がって吠えてしまったということはよく聞かれます。他の人に迷惑になるからと飼い主が吠える犬を叱れば、犬にはもっとストレスになってしまいます。

自宅以外の場所、家族以外の人、よその犬、子供たちの声、消防車や救急車のサイレン、マイクでのアナウンス、台車などで荷物を運ぶ音、救援物資が運ばれてくるトラックの音など、被災後には様々な刺激に出会うことが考えられます。犬に苦手なものがあれば早めに社会化を進めてみましょう。社会化のトレーニングは難しくはありません。散歩に出かけたときなどに、これに似たような刺激に触れて犬が落ち着いていたら、褒めたりご褒美をあげたりしてみましょう。良いことが起きた、楽しかった、と犬が感じると、徐々に慣れていきます。

社会化を行うことでストレスへの耐性が高まり、少しのことで興奮することなく落ち着いてやり過ごせるようになります。また、社会化やしつけのトレーニングを犬が成功できるように導くポジティブな手法で行っていくことで、犬にも自信がつき、不安なことや驚くことがあっても、上手に適応したり平常心に戻ったりする力(レジリエンスとも呼ばれます)を養うことができます。成犬やシニア犬でも、少しずつ積み重ねていくと改善していきますので、楽しみながら取り組んで頂きたいと思います。
ところで、基本的なしつけとはどのようなことでしょうか?まずは、オスワリ、フセ、オイデといった簡単な動作のトレーニングから始めてみましょう。しつけのトレーニングを通じて、たくさん褒めてもらい、飼い主と一緒にいることが大好きな犬に育てておくことで、色々な辛い状況でも一緒に乗り越える絆ができていくはずです。

しつけトレーニングの中でとても重要になるのは、犬用のハウスに入っていられるトレーニングです。犬の安全のためにクレートをお勧めすると「愛犬と災害に備える(その1:ハード面の備え)」でもご紹介しましたが、災害時に突然この中に入りなさいと言われても犬たちにとっては落ち着くどころか、かえってストレスになるばかりです。クレートは、犬が通常生活しているスペースに置き、その中に入るとご褒美がもらえる、という練習から少しずつ始めていきます。クレートに入ることに慣れたら、扉を一瞬閉めて、またすぐに開けて、落ち着いていることを褒めていきます。あとは、扉を閉めておく時間を少しずつ伸ばしていく練習を重ねます。急いで扉を閉めて閉じ込めてしまったり、尻尾を挟んでしまったりすることのないように、クレート嫌いにしないように慣らしていくことがポイントです。中に入れるようになったら、扉を閉めてクレートの上からかけ布をして薄暗くしてあげることで外の様子が見えにくくなり、避難先で気になる刺激に対して吠えて仕方ないという状態も防ぐことができます。クレートの中で静かにしていたら出してもらえた、という繰り返しにより、犬はリラックスして扉が開くのを待てるようになっていきます。
しつけや社会化といったトレーニングは、短期間でできるものではありませんので、少しずつ練習して、いざという時に不安が少ない状態でいられるようにしたいものです。

私は自分の犬と時々自宅で「避難訓練」を行っています。リビングルームでくつろいでいるような時間に、突然「ハウス!」と大きな声をあげ、犬にクレートに入ってもらい、「マテ」と言いながら自分自身はダイニングテーブルの下に一瞬逃げ込んでみるという練習です。ハウスと言われてすぐにクレートに入ることができれば、地震の揺れを感じた私が犬を探しに行ってハウスに誘導するよりもよほど素早く安全を確保できるはずです。クレートに犬が入って扉を閉める時間があれば良いですが、揺れが大きい場合には、その時間に自分が危険な目に遭うかもしれませんので、「ハウス、マテ」と言われたら犬がその場で待てる(飼い主がテーブルの下でしゃがんで楽しそうに見えても!)練習をしておけば万全です。実際の地震のときに少しは役立つかもしれないという期待を込めた、犬にとってはなんだか不思議だけど楽しい遊びになっています。
2回のコラムに分けて、愛犬と災害に備えるための、「ハード面の備え」、「ソフト面の備え」についてお話ししました。どんなに備えていても、実際に災害が起きてしまった直後は犬たちのことを優先してケアすることは難しいかもしれません。犬たちの安全を守るためには、まず飼い主自身の安全を守ることが重要です。少し落ち着いたら、安全な地域に散歩に連れ出してあげる、遊んであげるなど、気分転換をしてあげると良いと思います。犬たちのために散歩をすることで、飼い主も気分転換になってお互いのストレスが軽減されるはずです。災害に見舞われることがないのが一番ですが、万が一被災してしまった場合のために、私たち自身も、また一緒に暮らす愛犬も日頃からの備え、大切にしていきましょう。
<参考>
以下の資料には、災害発生時に慌てないために、どのような備えをすれば良いのかということが絵や写真も交えて分かりやすく説明されています。犬のみならず、ペットと一緒に暮らしている方々には是非一度ご覧頂くことをお勧め致します。
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東京都発行 防災リーフレット
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/bousai-leaf -
環境省発行「災害、あなたとペットは大丈夫?人とペットの災害対策ガイドライン<一般飼い主編>」
https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/2_data/pamph/h3009a/a-1a.pdf
Can ! Do ! Pet Dog Schoolインストラクター
CPDT―KSA
川原志津香