ペットの飼い主にふりかかる法的トラブル
ペットが原因で他人に迷惑をかけると、どのような法的責任を負う可能性があるのでしょうか?
ペット(犬、猫)を飼う前に、飼い主として負う可能性のある法的な責任について知っておきましょう。ここでは、刑事責任(犯罪行為に対して負う責任)ではなく、民事責任を中心に、以下、よくある事例をあげて解説します。
トラブルは予防が一番ですので、ペットを飼っている人も参考にしてもらえればと思います。
犬についてのケーススタディ
ケース1
ドッグランで飼い犬(柴犬)を放して遊ばせていたところ、同じくドッグランで遊んでいた他人の飼い犬(トイプードル)を咬んでしまった!
すぐに自分の飼い犬をトイプードルから引き離したけれど、トイプードルは全治2か月のケガを負ってしまった。。。
まず、一般的な説明をさせてもらいます。
飼い主は、動物の占有者としてその動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負います(民法718条1項本文)。占有者というのはその動物を事実上支配している人のことで、通常、飼い主を指します。
飼い主と所有者は同じであることが多いですが、細かいことをいうと、所有者とは別の概念です。
「東京都動物の愛護及び管理に関する条例」では、飼い主は、動物の所有者以外の者が飼養し、又は保管する場合はその者を含むと規定しています。動物に対して責任を持つ人が不在にならないよう、広く捉えているのです。
もし、子供だけで連れていたときの事故であれば、両親が占有者として責任を負うことが多いでしょう。小学生の子供が犬を散歩中に起こした咬傷事故(動物が人や他のペットを咬んでケガを負わせてしまう事故)の裁判例では、両親を飼育者として不法行為責任(民法709条または民法718条1項)を認め、被害者に対する損害賠償を命じるケースが多いです。治療費、通院交通費、仕事を休んだ場合の休業損害、怖い思いをした精神的苦痛に対する慰謝料、被害ペットが亡くなった場合の葬祭費用、弁護士費用の一部など、相当因果関係のある範囲の損害です。
また、ペットのシッターなどが動物を預かっていたときの事故であれば、シッターが占有者として一次的な責任を負います。
民法718条1項の「動物占有者責任」というのは、一般的な不法行為責任(民法709条)の特則で、動物の占有者に対し、一般よりも重い責任を課していることを知っておいてください。動物占有者責任は、原則として、結果が発生すれば責任を負わなければなりません。具体的には、一般的な不法行為の追及では、被害者が加害者の過失(注意義務違反)を立証する必要があるのに対し、動物占有者責任の場合、加害者(犬の飼い主)が免責される(責任を免れる)には、自分に過失がなかったことを立証する必要があります。「動物の種類及び性質に従い相当の注意を持ってその管理をした」(民法718条1項但し書き)ことの立証は、“注意義務違反がなかったことの立証”ですから、大変難しく、“不可抗力だった”とか“被害者がわざと犬を怒らせて自分を咬ませた(自招行為)”などと証明できない限り、免責されることはほとんどありません。
ちなみに、人がドッグランの中で走って他の犬と衝突した事例で免責が認められた例はあります。しかし、ドッグランの事故で免責が認められなかった事例ももちろんあります。
このケースではどうでしょうか?単にぶつかったというのではなく、咬んだということですので、まず免責は認められないでしょう。
そうすると、飼い主は、トイプードルの飼い主である被害者に対し、トイプードルの治療にかかった費用のほか、事故の態様(咬んだのは初めてではなく、態様も悪質だった場合など)や結果の重大性(後遺症が残ったなど)によっては慰謝料や弁護士費用の一部(損害の一割程度が認められることが多い)、通院交通費などの損害を賠償しなければならない可能性が高いといえます。
ただし、ペットの咬傷事故では、過失相殺されることがよくあります。被害者にも相当の落ち度があるという場合、裁判所は、被害者の過失の内容を考慮して損害賠償の額を決めることができます(民法722条2項)。例えば、トイプードルが先に咬んできた、とか、注意したのにトイプードルの飼い主が何の対応も取らなかった場合、トイプードルの飼い主がドッグランの規則に違反していてそれが事故の一因と考えられる場合などです。過失相殺を行う場合、例えば被害者側に過失が2割あると判断されれば、損害額の2割を差し引いた8割相当額の賠償が命じられます。
逆に、事故後逃げてしまったなど事故後の対応が悪いと悪質とされ、慰謝料が増額されることもあります。このケースでは、すぐに引き離した、ということなので、この点は良い対応でしたが、当日の飼い犬のご機嫌やドッグランに来ている他の犬との相性を確認すること、また犬種特性(柴犬はプリミティブドッグといわれ気性がやや荒い)や不妊去勢手術の有無なども考慮してドッグランを利用しましょう。
ケース2
飼い犬(チワワ)をロングリードで散歩させていたところ、走ってきた子供に驚いて、子供の足に噛みついてしまった!
子供は足を15針縫うケガを負ってしまった。。。
ロングリードや、伸縮自在のリード(ブレーキ付きリード)は、周囲に誰もいない広い場所で使うと確かに便利なものです。ただ、使い方を誤ると、引っかかったり、とっさに引き寄せられず犬が交通事故に巻き込まれることもあるので注意が必要です。最近では自転車も音もなく高速で突進してくることが多く、公道での伸縮リードの使用は危険だと感じています。
ちなみに、他の犬に向かって突然走り出した飼い犬が、伸びきったリードに引っ張られ、勢い余って反り返り転倒し、重傷を負った事故もあります。この事故では、リードのブレーキが壊れていて、裁判でメーカーの責任が認められました。
このケースでも、走ってきた子供に驚いた小型犬がパニックを起こし、それを飼い主が制御できなかったという構図がうかがえます。ケース1と同様、飼い主は動物占有者責任(民法718条1項)を負い、子供のケガの治療費や通院のための交通費、子供が怖い思いをしたことなどの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料、弁護士費用の一部(裁判では損害額の一割程度が認められることが多い)などの損害を賠償しなければなりません。
さらに、後遺症が残った場合は後遺症特有の慰謝料や逸失利益(その不法行為がなければ得たであろうと思われる利益)等の損害も賠償しなければなりません。後遺障害特有の慰謝料や逸失利益は高額になりがちです。
逸失利益の計算方法は個別事情にもよるので複雑ですが、原則として、事故前の現実の収入を基礎に(賃金センサスを元にすることもあり)、67歳まで(個別判断あり)の稼げたであろう収入から労働能力喪失率(例えば、両目が失明したら100%、腕の露出面に手のひら大の醜いあとを残したら5%喪失したと判断するなど)を掛け、中間利息を控除して計算します。
このケースでも、15針も縫うケガをしているので、もし後遺症が残れば損害額は高額になる可能性があります。
係留中の犬に近付いた子供が咬まれ上唇に軽い瘢痕(傷やできものが治ったあとに残る傷)が残った事案で、ケガについての慰謝料20万円と後遺症についての慰謝料60万円(合計80万円)を認定した裁判例があります(5割の過失相殺を行ったので実際に支払が命じられたのは40万円。平成15年広島高松江支判)。また、被害者の鼻に噛みつき瘢痕を残した事案で(複数回の形成手術で目立たない状態になった)、後遺症についての慰謝料70万円を含む220万円余の損害を認定した裁判例もあります(実際に支払いを命じた金額はここから既払額等を除いた金額。昭和61年大阪地判)。
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