ペットの飼い主にふりかかる法的トラブル
前のページは:犬についてのケーススタディ(ケース1~2)
猫についてのケーススタディ
ケース3
ペット飼育不可のアパートで大家に内緒で猫を飼い始めたところ、隣の部屋の住民から臭いと鳴き声の苦情が管理会社に入り、猫の飼育が知られてしまった!
大家から賃貸借契約の更新はできないと言われてしまった。。。
賃貸物件でペットを飼育していいかどうかは大家さん(賃貸人)との契約次第です。ペット飼育禁止物件(契約書にその旨の記載がある)では、当然のことながらペットを飼育することはできず、ペット飼育は契約違反です。
ひところは、「金魚などの小動物を除きペット飼育禁止」といった条項がよくありました。このような場合、通常、犬や猫は「小動物」には含まれず、飼育禁止という趣旨と考えられます。もしこのような内容の条項があれば、猫は飼えますか?と確認し、飼えるというなら、「小動物」の後ろにカッコ書きで「猫含む」と書いてもらいましょう。別の紙(承諾書など)に、飼ってもよい旨の一筆をもらっておくことでも大丈夫です。ついでに、飼育条件(一代限りなのか、一度に飼える飼育数など)があるならその旨も明記するのがトラブル予防にはオススメです。これは大家さんの立場でも同じことです。
しかし、たとえ飼育が禁止されていなくても、飼育方法に問題がある場合は、部屋の使用方法に違反しているとして「用法遵守義務違反」になることがあります。ふん尿の後始末ができておらず臭気がひどく公衆衛生上問題がある状態、とか、早朝深夜の鳴き声がうるさく周囲の人に迷惑をかけている、とか、屋内飼養ができておらず猫が自由に出入りして隣家でふん尿をしているなどの状況が考えられます。
このような場合は、ペットの飼育方法に問題があり、その結果、用法遵守義務に違反しているとして、違反の程度が信頼関係を破壊する程度であれば、賃貸借契約を解除されるおそれがあります。
複数の猫を不衛生な状態で飼育し、賃借人自身は途中から別の家に引っ越し、その部屋は猫専用のアトリエとして使用していたという事案で、用法遵守義務違反であり信頼関係を破壊する程度に達しているとして、大家さんからの契約解除が認められた裁判例があります(昭和62年東京地判)。
信頼関係破壊という点を説明します。賃貸借契約においては、通常、居住者の利益を守るため、単なる契約違反(債務不履行)だけでは契約の解除は認められず、違反の程度が、賃貸人との信頼関係を破壊するような程度に達していることが求められます。賃借人としては、改善を求められたらそれに真摯に対応するという姿勢が大事となります。
このように飼育が禁止されていなくても契約解除が認められることがあるわけですから、このケースでは、たとえ飼い方にそれ程問題がなかったとしても(隣家からの苦情はあるにせよ)、飼育禁止という契約に違反している以上、契約更新拒否に応じざるを得ない可能性が高いと思います。
それだけではなく、猫が汚したカーペットなどの代金、迷惑を被った近隣者への慰謝料支払いといった損害賠償請求(敷金からの支払いでまかなわれない場合)もされるおそれがあります。
大家さんの立場からすれば、放置すると他の居住者から快適に暮らす部屋を提供するという賃貸人としての義務に違反していると言われてしまうことにもなりかねません。
家主の承諾を得ないで、犬2匹をベランダで飼育していた男性が、毛の飛散やふん尿の悪臭がひどい、吠え声に子供が驚くなどの被害が寄せられ、家主からの再三の飼育中止申し入れに応じなかったという事案で、契約書の、危険、不潔、その他近隣の迷惑となる行為があれば解除できるとした条項も考慮して、更新拒絶には正当事由があるとされ、家主の更新拒絶を認めた裁判例があります(昭和55年東京高判)。
ちなみに、分譲マンションでも、マンションの管理規約で、ペット飼育が禁止されている場合、或いは飼育条件に違反した場合、ペット飼育をやめるよう管理組合から請求されるケースがあります。
賃貸であれ分譲であれ集合住宅で暮らすには、共同のルールを守る必要があるのです。
ケース4
猫を出入り自由な状態で飼っていたところ、庭に植えている花を掘り返したり、庭でふん尿をするので臭くて困ると近隣住民から苦情を言われてしまった。。。
これもやはり動物が他人に加えた損害を賠償する責任を負うという動物占有者責任(民法718条1項)または不法行為責任(民法709条)により、掘り返された苗や植木の代金相当額、土の入れ替え費用といった損害を賠償しなければならないおそれがあります。慰謝料も請求されるかもしれません。当然、再発防止も必要となるでしょう。
「動物の愛護及び管理に関する法律」に基づいて「家庭動物等の飼養及び保管に関する基準」が定められています。この基準の中で、猫の飼い主(所有者又は占有者)は、猫の屋内飼養に努めることとされています。そしてもし屋内飼養をしない場合は、不妊去勢手術を施すことを定めています。
ですから、そもそも「出入り自由な状態で」飼わないことが求められています。そしてもし、出入り自由にしている猫が不妊去勢手術をしていなかったなら(していないと外に行きたがる)それは飼い主としての義務に違反しているということになります。
ケース5
不妊去勢手術をせず猫を飼っていたところ、家の中で猫が増えてしまった!世話が追いつかず、近隣住民から猫の臭いや鳴き声で苦情がくるようになった。。。
「動物の愛護及び管理に関する法律」では、犬又は猫の所有者に対し、みだりに繁殖して適正な飼養を受ける機会を与えることが困難となるようなおそれがある場合は、不妊去勢手術等をするよう義務付けています(37条1項)。
適正に飼える数を超えないよう、オスとメスを一緒に飼うなら不妊去勢手術を検討する必要があるのです。
このケースでは、意図せず猫が増え世話が追いつかないわけですから、明らかに飼い主としての義務に違反している状態といえます。動物の適正飼養義務は、➀動物に対する責任と➁社会に対する責任として最も基本的な飼い主の義務です。
周囲からの苦情に対し、適切な対応をしないでいると、1~4のケースと同様、被害者に対する損害賠償責任が発生するおそれがあります。ケース4と同じような損害や、うるさくて眠れないことへの慰謝料などが考えられます。
野良猫への餌やりでふん尿被害が受忍限度を超えているとして慰謝料(1人につき20万円)が認定された裁判例(平成15年神戸地判)、隣家からの猫の悪臭被害が受忍限度を超えているとして、慰謝料、賃貸物件の空き室損害等合計205万円(被害者3人)の損害が認定された裁判例(平成23年東京地判)などがあります。
ちなみに、「受忍限度」というのは、社会生活を送る上でお互いが通常我慢せざるを得ない限度のことで、この限度を超えたら違法性があるという考え方です。社会生活を送る上で、一定の生活公害(騒音や悪臭、振動など)は避けられないので、これらを一律に違法とはせず、受忍すべき範囲を超えて初めて違法となる、と判断するのです。
「受忍限度」は個別に判断するほかなく、侵害行為の態様や程度(公共性の有無や、大きさや性質など)、被侵害利益の性質と内容(早朝深夜の睡眠妨害など人格権に関わるかなど)、地域環境(閑静な住宅地域かなど)、被害の防止策(被害の申し入れに対して改善策がとられたか、とられた場合の効果など)等種々の事情を考慮して決められます。一般的に、住宅が密集した都心部では受忍限度は高くならざるを得ません(お互い我慢しなければならない必要性が高い)。
申し入れに対して善処したか、といった誠実さも大きな判断要素となります。
タウンハウス(「建物の区分所有等に関する法律」―いわゆるマンション法―の適用を受ける建物)での猫の飼育と野良猫への餌やりをしていた居住者に対して、他の居住者の人格権を侵害しているとして、飼育禁止とマンション敷地内での餌やり禁止、慰謝料などが認められた裁判例では、再三の話し合いの申し入れを拒否しマンションの管理組合に一度も出席しなかったことが受忍限度を考慮する上で重要な事情として考慮されています(平成22年東京地立川支判)。
このような飼い方をしていると、民事責任だけではなく、周辺の生活環境が損なわれているとして、行政から、指導や助言、勧告さらには命令といった行政処分を受けるおそれもあります。既に「虐待」といえるようなネグレクト状態であれば、警察が刑事事件として取り上げ、愛護動物虐待罪で処罰されるおそれもあります(動物の愛護及び管理に関する法律44条2項により1年以下の懲役*1又は100万円以下の罰金刑)。
猫はねずみ算式に増える可能性があり、一度増えて世話が追いつかなくなると、飼育崩壊と言われる事態になるおそれが高く、不妊去勢手術をしないでオスとメスを一緒に飼ったり、屋外の出入りをさせていると、深刻な事態に陥るおそれが高いのです*2。
*1刑法改正により、懲役刑・禁錮刑はいずれも「拘禁刑」となります(令和7年6月頃までに施行予定)。
*2環境省パンフレット「もっと飼いたい?」参照
2024年3月 弁護士 浅野明子
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